大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大分地方裁判所 昭和35年(行)1号 判決 1961年12月15日

原告 合資会社 豊陽館

被告 臼杵税務署長

訴訟代理人 樋口哲夫 外四名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者双方の求める裁判

一、原告は、請求の趣旨として、「被告が昭和三十三年六月三十日になした、原告の青色申告書の提出の承認については、同三十一年十二月一日より同三十二年十一月三十日までの事業年度以後これを取消す旨の処分はこれを取消す。被告が昭和三十三年六月三十日になした原告の前項事業年度分法人税の課税所得金額十万円、法人税額三万五千円と各決定した処分はこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とする」旨の裁判を求めた。

二、被告は、主文同旨の裁判を求めた。

第二、原告の請求原因

一、原告は被告より青色申告書をもつて確定申告をすることの承認を得ていたものであるが、原告の昭和三十一年十二月一日より同三十二年十一月三十日までの事業年度は金二十四万八千九百六十九円の欠損があつた旨の確定申告を同三十三年一月末頃青色申告書によつて申告した。

二、しかるに、被告は同三十三年六月三十日付をもつて原告の青色申告書の提出の承認については自昭和三十一年十二月一日至同三十二年十一月三十日事業年度以後これを取消す旨の処分並びに右事業年度の確定申告書の所得金額を金十万円、法人税額を金三万五千円と各決定する旨の処分をなし、その頃これを原告に通知した。そこで原告は同三十三年八月十日被告に対し右各処分について審査の請求をしたところ、訴外熊本国税局長より同三十五年二月四日付で原告の審査請求をいずれも棄却する旨の決定をうけた。

三、しかしながら被告のなした右各処分には次のような違法がある。

(一)  青色申告書提出承認取消処分について。

(イ) 被告の原告に対して送付した青色申告書提出承認の取消通知書には、法人税法第二十五条第九項により要求せられる理由の附記がない。

(ロ) 被告は原告の作成した帳簿書類に不実の記載があつたとして-同法第二十五条第八項第三号-右処分に及んだのであるが、これは同三十三年六月八日及び同月十三日臼杵税務署員浜清四郎がなした確実な資料に基かない一方的な調査の結果による認定であつて、右帳簿書類にはなんら真実性を疑うに足る不実記載はない。なお、総勘定元帳の水揚勘定について、水揚勘定に対する使用原材料の割合(原材料比率)は、四十・二%であるが、この率は適正なものである。

(ハ) 仮りに帳簿書類に真実と符合しない記載があるとしても、原告が故意になしたものではなく過失によるものであるから、かかる事実の存在をもつて青色申告書提出承認を取消すことはできない。

(ニ) 仮りに右不実記載があつたとしても、被告は右浜清四郎の確実な資料に基かない一方的な調査の結果により取消処分に及んだにすぎず本件訴訟において主張する不実記載は後日の調査により判明したにすぎない。行政処分はその処分当時存した事由をもつて適否を定むべきところ、この事由をもつて右取消処分を遡つて理由あらしめることはできない。

(二)  法人税の所得金額及び法人税額の決定について。

(イ) 被告のなした法人税の所得金額及び法人税額の本件決定処分は、本件取消処分の有効を前提とするものであるところ、右取消処分が違法で取消さるべきであるから、当然取消さるべきである。

(ロ) 被告の原告に対して送付した右決定通知書にはその理由が附記されていない。右通知書が青色申告承認取消通知書と同時に送付されたことからみて、青色申告書提出承認の取消処分がなされない間に右決定処分がなされたものとみるべきであり、従つて法人税法第三十二条後段の規定により通知書に理由の附記を要するところ、本件処分はこれを欠くから違法である。

第三、被告の答弁ならびに主張

一、請求の原因一及び二の事実は認める。

二、請求の原因三の事実は争う。

(一)  青色申告書提出承認取消処分について。

(イ) 被告の原告に対して送付した青色申告書提出承認の取消通知書に理由が附記されていないことは認めるがこれは法人税法第二十五条第九項改正前のことで同法条所定の取消の原因となつた事実の附記が当時未だ要求されていなかつたのであるから、これを欠いても違法ではない。

(ロ) 原告備付の帳簿書類には次のような真実性を疑うに足る不実の記載があり、しかもその不実記載は故意過失に基づくことを要件としないから被告が法人税法第二十五条第八項第三号により右処分をなしたことは違法ではない。

(1) 金銭出納帳

原告のような旅館業にあつては現金による取引が大部分であるから、現金管理は経理上最も重要なものの一つであるに拘らず、金銭出納帳の残高の記帳が殆んどなされていないことは現金管理が不十分であることを示すものである。因みに金銭出納帳の日々の残高を算出すると次のとおり残高が赤字になる日がある。即ち

年月日               残高

昭和三十二、 四、二十四 赤字   二千八百七十二円

〃    十、  八 〃      五百六十 円

〃    十、  十 〃    三千 百  七円

〃    十、 十五 〃    二千二百二十七円

〃    十、二十八 〃      三百八十 円

〃   十一、 十三 〃      六百五十 円

〃   十一、 十四 〃    八千四百 十 円

〃   十一、 十五 〃     千九百六十三円

〃   十一、 十八 〃    六千七百  四円

〃   十一、二十二 〃     千三百五十七円

〃   十一、二十四 〃  一万 千三百五十七円

〃   十一、二十五 〃    九千二百七十九円

〃   十一、二十六 〃    七千二百  一円

〃   十一、二十七 〃    九千五百四十四円

〃   十一、二十八 〃    五千六百  七円

金銭出納帳は現金の出入を記帳するものであつて残高が赤字になることは考えられないものであるが、右のとおり現金残高が赤字になることは、原告の金銭出納帳に入金が記載もれとなつているか、あるいは出金に不実の記載があることを示すものである。

(2) 総勘定元帳の借入金勘定

イ、原告が昭和三十二年二月二十五日訴外大分銀行臼杵支店から借入れた十万円は同年四月二十五日同銀行に返済されているに拘らず、同年四月二十七日返済したよう記帳してある。

これについては原告は昭和三十二年四月二十五日訴外稙田文雄個人が右大分銀行臼杵支店に対し原告の右債務を代払いし、同年四月二十七日原告より訴外稙田個人に金十万円を支払つた際に同銀行に返済したごとく記帳したと主張するが、右主張のとおりであつたとしても、原告の右債務は稙田が代払いしたときに消滅したのであるから、これにもとづいて伝票を作成し元帳に記入すべきである。

ロ、訴外三田商事株式会社の総勘定元帳と原告のそれとを照合すれば、右三田商事と原告との間の貸借について次のとおり不突合の点がある。即ち

年月日          三田商事記帳            原告記帳

昭和三十一、十二、二十二 原告に一万円返済(帳簿の整理は昭和 記帳なし

三十二、三、三十一付でなされている)

昭和三十二、 一、三十  原告に九千三円返済         記帳なし

右同           原告から二千五百九十八円借入    記帳なし

昭和三十二、 三、三十一 原告から一万三千円借入       三田商事から一万三千円借入

ハ、原告が訴外稙田文雄個人から昭和三十二年五月十日金十万円、同年九月二十一日金五万円、同年十月九日金五千円、同年十月二十八日金六万円、同年十一月三十日金一万円(いずれも現金)をそれぞれ借入れたように記帳されているが、これは次に述べる理由によりいずれも借入の事実のない不実の記載である。即ち

(あ) 稙田文雄は昭和三十二年五月から同年十一月までに原告に対し合計二十二万五千円の現金を貸付ける資力があつたとは認められないこと。

(い) たとえ稙田が資金を訴外の第三者から借入れて原告に貸付けたものであつたとしても、その借入先を法人税調査に際し明確に返答し得なかつたこと、ならびに、原告から稙田にその返済がなされていないこと。

(う) 原告が記帳した伝票(乙第四号証)にみられるように前記借入金はいずれも伝票にあとから追加して書き込まれたものであること。

(え) 次に述べる理由により右借入金はいずれも金銭出納帳の残高が赤字になるために借入金を計上して作為されたと認められること。即ち

1 昭和三十二年九月二十一日の金五万円、同年十月九日の金五千円、同年十一月三十日の金一万円の各借入金は金銭出納帳に記入された筆跡、インクの色等からみて、あとから追加して記入したものであると認められる。

2 昭和三十二年五月十日の金十万円の借入金は筆跡、インクの色、抹消された痕跡等からみて、当初「昭和三二、五、二一」と金銭出納帳に記入してあつたのを抹消して「昭和三二、五、一〇」と訂正追加記入したと認められる。

3 昭和三十二年十月二十八日の金六万円の借入金についてであるが、これは同日付の振替伝票(乙第四号証の四)によれば当初現金を六万四千四百五十円預金したとしていたが、現金を四千四百五十円預金し、六万円は稙田からの借入金を預金したと訂正している。これは同日の金銭出納帳が赤字になるために訂正したもので金銭出納帳も出金の金額を削つて四千四百五十円に訂正した痕跡がある。

(3) 総勘定元帳の水揚勘定

(イ) 昭和三十二年六月 十六日 二千三百四十円(公給領収証番号A七一五〇四九)

昭和三十二年九月二十一日   九百四十円(公給領収証番号A七一七九〇二)

右水揚(収入金)は元帳の水揚勘定に記載されていない。

(ロ) 水揚勘定に対する使用原材料の割合(原材料比率)は原告の計算によれば四十・二%となつている。この比率は適正なものであると原告は主張しているが、原告と営業内容を同じくする大分県臼杵市内及びその近郊の旅館業にあつては、同時期の原材料比率は三十二%程度が適正な比率であつて原告の原材料比率は過大である。被告の調査によれば原告の原材料費は適正なものであるから原告の総勘定元帳の水揚勘定は過小に表示されているものといわざるを得ない。

(ハ) 被告は、臼杵税務署員浜清四郎の調査により右取消処分の当時、右不実記載を了知し、これを理由として取消処分をなしたものである。仮りに、原告主張のとおり被告において不実記載の事実を処分当時において知らなかつたとしても取消処分は法人税法第二十五条第八項本文に照らし、客観的に不実記載の事実があれば右取消は正当でありその効果はその事実のあつた時まで遡つてなすことができるのである。本件においては右処分当時右事実が客観的に存在していたのであるから、取消処分は結局正当である。

(二)  法人税の所得金額及び法人税額の決定について

(イ) 請求原因(二)(イ)の主張は否認する。

(ロ) 請求原因(二)(ロ)につき、法人税等の決定通知書には理由が附記されていないこと右通知書は青色申告承認の取消通知書と同時に送付されたことは認める。しかしながら被告は昭和三十一年十二月一日に遡つて原告の青色申告書提出承認を取消したので原告の提出した青色申告書は法人税法第二十五条第八項後段の規定により青色申告書以外の申告書とみなされる。従つて右法人税等の決定通知書は、青色申告書以外の申告書に対する法人税額決定の通知書であり、法人税法第三十二条後段の規定の適用はないから、決定通知書に理由附記の必要はない、原告の主張は失当である。

(三)  被告は以下に述べる計算に基いて法人税法第三十条によつて原告に対し課税標準となる所得金額を十万円、法人税額を三万五千円と決定した処分には違法不当の廉はない。即ち

被告は原告の所得金額の推計にあたり、先づ被告において調査した昭和三十一年十二月一日より昭和三十二年十一月三十日までの間に使用された原材料の金額六十七万二百九十六円を基礎とし、収入金に対する使用原材料の割合(原材料比率)を三十二・三%として収入金額を二百七万五千二百二十円と推計し、収入金に対する営業利益金額の割合(営業利益率)を十八・五%として営業利益金額を三十八万三千九百十五円と推計した(別表豊陽館の欄参照)。右原材料比率及び営業利益率は別表のとおり臼杵市内及びその近郊地の他の同業者のそれに比較していささかも不当ではない。又右収入金額二百七万五千二百二十円は女中一人当り及び客室一室当り収入金からみて同業者のそれに比し適正である。

そして右営業利益金額三十八万三千九百十五円に営業外利益七十三円(銀行預金の利息)を加え、営業外損失合計二十八万三千九百六十六円(内訳減価償却費一万七千二十九円、家賃十五万三千五百十円、公租公課八万八千四百六十九円、支払利息二万四千九百五十八円)を差引いて所得金額を十万円(二十二円は切捨)と認定した被告の計算は正当である。

従つて、所得金額十万円につき法人税等所定の税率により算出した法人税額は三万五千円であること計算上明らかである。

第四、証拠関係(一、二省略)

三、当裁判所は職権で原告代表者本人を尋問した。

理由

第一、原告が被告より青色申告書をもつて確定申告をすることの承認を得ていたものであるところ、原告の昭和三十一年十二月一日より同三十二年十一月三十日までの事業年度は金二十四万八千九百六十九円の欠損があつた旨の確定申告を被告に対し同三十三年一月末頃青色申告書によつて申告したこと、被告は同三十三年六月三十日付をもつて原告の青色申告書の提出の承認については昭和三十一年十二月一日より同三十二年十一月三十日までの事業年度以降これを取消す旨の処分、並びに、右事業年度の確定申告書の所得金額を金十万円、法人税額を金三万五千円と各決定する旨の処分をなし、その頃これを原告に通知したこと、そこで原告は同三十三年八月十日被告に対し右処分について審査の請求をしたところ、訴外熊本国税局長より同三十五年二月四日付で原告の審査請求をいずれも棄却する旨の決定をうけたこと、はいずれも当事者間に争いがない。

第二、まず、青色申告書提出承認取消処分の取消事由の存否について判断する。

一、原告は、被告のなした右青色申告書提出承認取消処分には処分通知書に理由の記載がないからその点において違法であると主張する。よつて按ずるに右通知書には、取消理由の附記がなかつたことは当事者間に争いがないけれども昭和三十四年法律第八〇号による改正前の法人税法のもとにおいては、青色申告承認を取消す場合政府は単に取消す旨を相手方法人に通知すればたり、右通知に際し必ずしも取消しの事由を明らかにすることは要求されていなかつたのであり、本件取消処分は右改正前の同法施行時の処分であることは原告の主張自体により明らかであるから右取消通知に理由の附記がなかつたことをもつて右処分が違法であるということはできない。原告の主張は理由がない。

二、次に、原告は、本件取消処分の事由は原告作成の帳簿書類に真実性を疑うに足る不実の記載がありということであるが、かかる事実はなく、仮にこれがあるとしても故意になしたものでないから、右処分は違法であると主張する。

よつて、按ずるに、

(一)  金銭出納帳

成立に争いのない乙第六号証の三、五ないし十一、証人浜清四郎の証言、原告代表者本人尋問の結果を綜合すれば、原告備付の金銭出納帳は被告主張の二、(一)(ロ)(1)の事実のうち昭和三十二年四月二十四日の分を除いてその主張の日時において現金残高は赤字になることが認められる。現金管理の実態が右帳簿上正確に記載されるならば現金残高が赤字になることはありえないことであるから同帳簿上真実に合致した金銭の収入及び支出の記載がなされなかつたものといわなければならない。

(二)  総勘定元帳の借入金勘定

(イ) 成立に争いのない乙第一号証、同第五号証の二、原告代表者本人尋問の結果により成立を認める甲第八号証の一、二、原告代表者本人尋問の結果によれば、原告が昭和三十二年二月二十五日訴外大分銀行臼杵支店から借入れた十万円は、訴外稙田文雄が同年同月二十五日原告のために右銀行に対して代払いし、原告は同月二十六日同銀行から新規に十万円を借入れ、同月二十七日これを右稙田の代払いに対する十万円の支払いに充てたのであるが、原告備付の総勘定元帳(乙第五号証の二)には、四月二十五日に稙田から十万円を借入れ銀行に弁済したことの記載が洩れていることが認められる。

(ロ) 証人四田有信の証言により成立を認める乙第二号証の一、二、成立に争いのない乙第五号証の二によれば訴外三田商事株式会社と原告との貸借について、訴外会社と原告の各総勘定元帳を照合すると、被告主張二、(一)(ロ)(2)ロのとおりの不突合の事実が認められる(原告代表者本人尋問の結果により成立を認める甲第九号証の二は、右認定の不突合に関連のない振替伝票であり、右認定の妨げとはならない)。

(ハ) 成立に争のない乙第四号証の一ないし五(振出伝票)、同第五号証の三、四(総勘定元帳)には原告が原告会社の代表社員である訴外稙田文雄個人から、いずれも現金で、(1)昭和三十二年五月十日十万円、(2)同年九月二十一日五万円、(3)同年十月九日五千円、(4)同月二十八日六万円、(5)同年十一月三十日一万円をそれぞれ借入れたように記載され、また成立に争いのない同第六号証の三、四、六、十二(現金出納帳)によれば収入金額欄に右(1)(2)(3)(5)の記載があるが(従つて(4)に関しては振替伝票総勘定元帳と金銭出納帳の記載が一致しない)、これら諸証拠に証人浜清四郎の証言を綜合すれば上記の記載は、他の記載部分のインキの色合、筆跡、記入箇所態様と異なり、後日追加して書き入れたものと認められまた右(1)の借入に関する金銭出納帳(乙第六号証の三)の記載は、インキの色合、筆跡、抹消の痕跡等からみて当初昭和三十二年五月二十一日付で記載したものを抹消して同月十日付と訂正追加して記載したものであり、右(4)の借入に関する振替伝票(乙第四号証の四)には当初現金六万四千四百五十円を預金したものと記入した後、現金四千四百五十円を預金し六万円は訴外稙田文雄から借入れた上これを預金したと訂正を加え、金銭出納帳(乙第六号証の八)も出金の金額(万単位の数字)を削除して四千四百五十円に訂正した痕跡が認められる。右の事実と金銭出納帳の右各記載とその前後を対比することにより、右各借入金はいずれも金銭出納帳の残高が赤字になるため、借入金を仮装して金銭出納帳、総勘定元帳、振替伝票に作為を加えたものと認定することができ、右認定に反する原告代表者本人尋問の結果は措信し難い。

(三)  総勘定元帳の水揚勘定

(イ) 成立に争いのない乙第七号証の一、二(いずれも公給領収証写)と同第五号証の五、六(総勘定元帳の内容)、を対比すれば、原告は、宿泊飲食代金として、昭和三十二年六月十六日二千三百四十円の現金収入がありながら、これを総勘定元帳の水揚勘定(収入金額)該当日欄に記載していないことが認められる(なお被告は、原告は同年九月二十一日の九百四十円の収入も総勘定元帳に記載していない旨主張するが乙第五号証の六に存する八百四十円の記載が右金員の誤記と認められる)。

(ロ) 証人浜清四郎の証言により成立を認める乙第三号証の一ないし三及び同証人の証言によると、原告と営業規模内容を略同じくする大分県臼杵市内及びその近郊の旅館業にあつては、昭和三十二年度における収入金額(水揚勘定)に対する使用原材料費の割合(原材料比率)は別表(イ)(ロ)(ハ)欄記載のとおり三十二%程度が平均適正な比率であることが認められるところ、原告代表者本人尋問の結果により成立を認める甲第十号証(損益計算書)によると使用原材料費六十七万二百九十六円に対し収入金額百六十九万三千九百六十八円であるから、原材料比率は三十九・六%弱となり右適正比率に比して過大であり、このことにつき原告本人尋問の結果はたやすく措信しがたく、他に右比率につき首肯しうべき立証のない本件にあつては原告の総勘定元帳の水揚勘定は過小に記載されているものと認めざるをえない。

右のように、原告作成備付の金銭出納帳、総勘定元帳等帳簿書類の記載事項の全体についてその真実性を疑うに足りる不実の記載があると認めざるをえず、また右帳簿書類に原告主張の如く一部過失に基づく記載洩れがあるにせよ全体を観察すると取引の一部を隠ぺい又は仮装して記載する意図があつたものと認めるに足りるから、被告が法人税法第二十五条第八項第三号に拠り、青色申告書提出承認の取消処分をなしたことに違法はない。

三、原告は、被告は右取消処分の当時不実記載の有無を確知することなく、なんらの理由がないのに取消処分に及んだものであるから違法であると主張する。

証人大石今朝雄、同浜清四郎の各証言によれば、被告は臼杵税務署勤務大蔵事務官浜清四郎が昭和三十三年六月八日及び同月十三日原告事務所において原告備付の金銭出納帳、総勘定元帳、公給領収証等帳簿書類を調査した結果に基いて帳簿書類に不実記載のあることを発見し本件取消処分に及んだものであることを認めることができる。もつとも被告は本件訴訟の手続中不実記載の点について部分的に主張を撤回し、追加し又は訂正したことは当裁判所に明らかであるが、原告備付の帳簿書類の不実記載についての部分的な誤謬及び認識の遺漏があつたとしても取消処分当時不実記載の事実を確知しなかつたことにならないのは当然のことである。原告の主張は理由がない。

第三、そこで、法人税の所得金額及び法人税額の決定処分の取消事由の存否について判断する。

一、原告は被告のなした法人税の所得金額及び法人税額の決定処分は、本件青色申告書提出承認の取消処分の有効を前提とするものであり、右取消処分が違法で取消さるべきであるから、当然取消さるべきである。と主張する。

しかし、法律上決定処分は必ずしも取消処分を前提とするものでないばかりでなく、本件において右取消処分は前示認定のとおり、且つ決定処分も後記認定のとおりいずれも違法でないから原告の右主張は採るをえない。

二、さらに、原告は、法人税等の決定通知書には理由の附記がなかつたことをもつて違法があると主張する。

法人税等の決定通知書には理由の附記がなかつたこと、右通知書は本件青色申告書提出承認取消通知書の送付と同時に被告から原告宛送付されたものであること、原告が被告宛提出した青色申告書は、金二十四万八千九百六十九円の欠損であつた旨の確定申告であつたことはいずれも当事者間に争いがない。

ところで青色申告書提出承認取消通知書と法人税等の決定通知書とが同時に送付された場合右取消処分が右決定処分に先行するものと解するのを相当とすべく、被告は昭和三十一年十二月一日に遡つて原告の青色申告書提出承認を取消したので原告提出の青色申告書は法人税法第二十五条第八項後段の規定により青色申告書以外の申告書とみなされしかも納付すべき法人税がない旨の申告書を提出した場合であるから被告は同法第三十条により原告に対し所得金額及び法人税額を決定し、同法第三十二条によりその通知をすることとなるところ、同条後段の規定の適用はなく、従つて右決定通知書に理由の附記は要しないものといわねばならない。原告の主張は理由がない。

三、しかして、前示認定のとおり原告が昭和三十一年十二月一日より同三十二年十一月三十日までの間に使用した原材料費用は六十七万二百九十六円であるから、これを基礎として原告の所得金額を推計するに当り、前示認定の原材料比率として適正な三十二・三%の率(この点についてこの推定を左右するに足る特別の事情の認められないこと前示認定のとおり)をもつて、収入金額を二百七万五千二百二十円と推計し、この収入金額に対する営業利益金額の割合(営業利益率)を前同様他の同業者のそれに照して決定した十八・五%の率(この率を原告は明らかに争わない)をもつて営業利益金額を三十八万三千九百十五円と推計したことは正当であり、また、原告において右営業利益金額の外に被告主張のような営業外利益七十三円を有する外、その主張の如き営業外損失二十八万三千九百六十六円のあることは原告において明らかに争わないから、右利益合計金額から損失を差引いた金額の範囲内において原告の所得金額を十万円と決定し、右金額につき法人税法所定の税率により法人税額を金三万五千円と算出した被告の計数関係になんら違法の点は存しない。

第四、よつて原告の本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 島信行 藤原昇治 早瀬正剛)

別表

(イ)

(ロ)

(ハ)

(ニ)

(ホ)

納税者

西郷平次

前島安生

後藤象次郎

(資)魚亀商店

(資)豊陽館

屋号

かねまん旅館

岩見屋旅館

松屋旅館

魚亀旅館

豊陽館

住所

津久見市

津久見市

臼杵市

臼杵市

臼杵市

年度

三二年

三二年

三二年

自三二、一

至三二、一二

自三一、一二

至三二、一

法人、個人区分

個人

個人

個人

法人

法人

青、非申告区分

青色申告

青色申告

青色申告

非青色申告

非青色申告

収入金額

二、〇二二、八一七円

一、五七四、七二六円

一、二五五、八〇〇円

二、三五八、四六四円

二、〇七五、二二〇円

女中一人当収入金

五〇八、二〇四円

三九三、六八一円

三一三、九五〇円

四一五、一六一円

四一五、〇〇四四円

客室一室当収入金

二二五、八六八円

二二四、九六一円

一七九、四〇〇円

一六六、〇六四円

一八八、六五六円

使用原材料費

六七五、六九一円

五一二、八八三円

二二五、五二九円

八二六、三八四円

六七〇、二九六円

原材料比率

三三・二%

三二・六%

二五・九%

三二・三%

三二・三%

営業利益金額

八七二、二三八円

五四五、四四〇円

三四三、七四六円

四七三、三一六円

三八三、九一五円

営業利益率

四二・九%

三四・六%

二七・四%

一八・五%

一八・五%

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例